〈KATIM〉クリエイティブディレクター・小坂英子の靴との向き合い方 後編
01 Dec 2024
記憶を辿り自らの言葉で語る。クリエイターのこれまでとこれから。
KATIM 代表・クリエイティブディレクター・小坂英子さんにインタビュー。自身のバックグラウンドやアパレルを生業とするようになったきっかけ、『KATIM』についてや靴へのこだわりなど、前後編に分けてたっぷりお届け。前編はこちらから
タイムレスに愛される 親密な靴であること
所有者と共に過ごす時間を想って生まれた靴は、不思議と様々なテイストにも合う。カジュアルにも、少しドレスアップした日にも、何気ないワンシーンにも、少しだけポエティックに存在感を放ち、ただ足元の感覚としては無駄な主張をせずに、静かに寄り添う。そんな靴のアイディアは、どこからやってくるのだろうか?
「そう伝わっているのはすごく嬉しいです。現代は、多様化という言葉もある通り選択肢が多いということを前提として作っています。昔はよそ行きの服、家にいるときの服、仕事用の服、プライベート用の服とかありましたけど、今はノマドワーカーの方もいらっしゃいますし、朝自転車でオフィスに行く格好のまま子供を預けて、そのままオフィスに行く方もいらっしゃいますし、私服通勤の方も、自宅勤務の方もいらっしゃいます。結婚や出産などのライフステージの変化が起きる年代もバラバラ、家庭を持たないチョイスもある。情報が豊富なためか趣味の選択肢もものすごく多いし、それに準じて必要な装いの種類も多い。普段着としてのスタイリングにしても、系統やジャンルを超えてクロスオーバーしている。シューズブランドとしては選択肢が多いという事実に対してそのチョイスによって起きるシチュエーションに“対応”できる靴はどんなものか想像しなくてはいけないと思っています。いろいろなことが起きて自分も変わっていくなかで、その行動やテイストの幅に“対応”できる靴を考える。また、KATIMで使用している木型は全て社内開発したものを使用していることも大きな特徴です。何十人もの足型を採集し平均化した数値のデータをもとに作られた木型を軸に、いろいろなライフスタイルを持った複数の架空の人物像を描いて、それぞれの一日を想定しながら足元を思い描いて作っています」
目で見て素敵な靴と 素敵に履ける靴は別物
自分に合う靴になかなか出合えない。可愛い靴を履きたいのに、足が痛くて結局いつも無駄にしてしまう。そんな悩みを抱える人も少なくはないだろう。履き手のことを隅々まで想像し、シューズを通して答えを提示してくれる小坂さんに、自分に合う靴選びのコツを伺ってみた。
「自分の足の特徴を理解して合わない靴の条件がどういうものなのかわかれば、消去法的に合う靴自体は見つかると思いますが、悩みどころとしては履きたい靴と足に合う靴は、必ずしも同じじゃないという部分ですよね。初めてのとっておきの一足ということであればその靴を履いて外出している時間に、何をしている時間が長く、どういう道を歩いて、どう表現したいのかで選択肢はかなり絞られてくるとは思います。きちんと立っていたいのか、活発に動き回りたいのか、座っている時間の方が長いのか。砂利道を歩くのか、公園のような草や土の上を歩くのか。脱ぎ履きを繰りかえす機会が多いのか。また、試着する時にその靴を裸足で履きたいのか、ソックスに合わせるのかを決めていくこと。ストッキングで履く前提ならお店にある試着用のストッキングでも良いのですが、それ以外で履く前提なら実際に自宅に持ち帰って裸足で履いたりソックスを合わせたりした時に、お店と履き心地が全く違うことがあります。ソックスで合わせるならご自身のソックスを持っていくか、近い厚みのソックスを買ってから試着するのが良いと思います。また、試着の時は鏡の前に1、2分間立ったまま確認するだけではなく、お店の方に了承をいただけるならばシューズが痛まない程度に少し歩かせてもらう。履いたばかりはお店の方の手前、少し緊張している可能性もあるので、落ち着くまで5分ほど履いたままにさせてもらい、当たっている部分はないかセルフモニタリングすることも大切だと思います。そして新品の革靴はまだ成形されたばかりで硬いので、大切な日や一日中歩く日におろすのではなく、何日かかけて近所のコンビニの往復など短時間の着用で少しずつ慣らしていくと良いと思います」
では、ずばり、小坂さんにとっての靴とは。
「循環させてくれるもの。自分は将来これになるんだ、と学生時代からひとつのものを目指す人もいますが、私の場合は巡り巡ってこうなった。靴が仕事になったから、年間のスケジュールも含めて私の日々の予定を決めていくものになりました。人間関係においても、若い頃は決まった人たちと決まった話をすることが多かったけれど、この仕事を始めてからいろいろな人と出会い、いろいろな話をするようにもなった。それが直接的でなくてもシューズ作りのインスピレーションにも繋がったり、新しいことにチャレンジすることにも繋がっています。そんなふうに日々を循環させるものという意味がひとつ。もうひとつは、私は散歩がいちばんの趣味なのですが、休みの日には浅草から恵比寿、赤羽から新宿、などかなりの長距離を歩くこともあります。新作のテストをするときもそのモデルのコンセプトに合った道を歩きながら問題点に気づくこともありますし、悩んでいるときも歩いて考えた方が家で考えるよりも絶対に前向きな発想になります。足は第二の心臓といわれるように、血液が循環するところでもあるため、歩くと血流が回って脳に酸素も入るから活性化されるのでしょうね。外の空気に触れることで、季節の変化に気づいたり、小さな生き物たちに目を奪われたりしているうちにネガティブな思想や思い込みを手放せるのも外を歩くことの魅力。外を歩くときは必ず靴を履くわけですから、そういった物理的な意味でも循環させてくれています」
靴と共に循環しながら 未来の“日本の足の母”へ
最後に小坂さんの夢と目標を伺った。
「近い未来でいうと、飼っている犬をいろいろなところに連れてってあげたい。ペーパードライバーなので、もうちょっと運転できるようにして、いろいろな街を歩いてみたいなと思いますね。KATIMは、シューズごとにコンセプトがあって、自分にゆかりのある道の名前がモデル名になっているんです。いろんなネタ探しをしながら、いろいろな街に行きたいなというのが近い未来での目標です。何が起きるかわからない世の中なので、遠い未来はあまり考えないですね。仕事に関しては、今のスタンスとメンバーで高揚感と情熱が続く限り日々粛々と努力して良い靴を作り続けられたら良いなと感じます。その先に天に旅立つ時には、“日本の足の母、逝く”とでも新聞の片隅に書いてもらえれば……(笑)」
そうユーモアを交えて語る小坂さんの姿に、靴に悩まされることも多い我々は頼もしさを感じつつ、これからどんな素敵な靴に出合えるのか、期待を募らせるのだ。
小坂英子
KATIM 代表・クリエイティブディレクター。国内外のアパレルブランドで海外生産管理、海外セールス、デザイナーアシスタントを経たのち、今日の大量生産ではなし得ないこれまでにないフットウェアをつくりたいという想いから独立。ドイツ式整形外科靴学を学び、2016年春夏より KATIM をスタート。
Edit: YUKA ENOMOTO
Text: TOKO TOGASHI
こちらの情報は『CYAN ISSUE 41 A/W 2024』に掲載された内容を再編集したものです。