光と記憶の“きらめき”をとらえる写真家・石田真澄がシャッターを切り続ける理由 前編

記憶を辿り自らの言葉で語る。クリエイターのこれまでとこれから。


写真家・石田真澄さんにインタビュー。写真との出会いから、“仕事”として歩むことを決めた瞬間、今日までシャッターを切り続けてきた理由を深掘りした。そのほか、一瞬一瞬を大切にする石田さんだからこその信念と心配りが感じられる内容を前後編に分けてたっぷりお届け。後編はこちらから。

永遠はないから今この瞬間を“記録”する

眩い光とノスタルジーな光景。写真家・石田真澄さんの撮る写真は、見る者の懐かしい記憶に語りかける。独学で写真を撮り始め高校在学中に写真家として見出され、現在26歳という若さで、数々の広告ビジュアルを手がける。落ち着いていて揺るがない信念を持つ石田さん。写真家を目指したきっかけから、今思うことを伺った。

「初めてカメラと接点を持ったのは14年前。中学1年生の時にガラケーを持ち始めました。それまでカメラを携帯したことはほとんどなかったし、いつでも写真が撮れる状況は初めて。それで、通学路とか日常を撮るようになって、写真を撮ることって楽しいかもと気がついたんです。それから、中学2年生の時に初めてデジタルの一眼レフカメラを買ってもらいました。小さくて白いLUMIXです。背景がぼけてきれいに見えるのが楽しくて、夢中になって撮っていました。高校1年生の時に実家にあった家庭用のコンパクトフィルムカメラと、写ルンですを使い始め、その後GOKOのMacromaxというフィルムカメラに出合い、今でも使っています。最初は買ってもらいましたが、あまりにも気に入って自分でも買いました」

学生時代に写真の魅力と出会い、夢中になって撮りためた約160点をもって、1度目の転機となる初の個展『GINGER ALE』を2017年の5月に開催することになる。石田真澄という若き写真家が誕生した瞬間だ。

「写真は好きでしたが、写真家になろうとはあんまり考えていませんでした。もちろん好きなことを仕事にする憧れはありましたが、美大への進学を視野に入れるとか、具体的に行動もしてなくて……。ただ雑誌や広告が好きで、特に中島敏子さんが編集長をされていた時の『GINZA』を毎号読んでいたので、高校生の時は写真家と仕事をする編集者や広告代理店のプランナーになりたいと思っていました。よく影響を受けたカメラマンは?と聞かれるのですが、この人のこの写真集、とかは明確になくて。大学に入って1年目の春に編集部のバイトに応募したこともあります。雑誌がどういうふうに作られるのか、興味があったんです。そんななか、大学1年生の時に写真展をする機会があり、『やっぱり写真の仕事をしたいかも』ってちょっと考えが変わっていきました」

そして2018年、第1作品集である『light years -光年-』を上梓する。校舎に差し込む陽の光や、髪を振り乱して笑い合う女子高生たち、石田さんの大切にしてきた愛おしい時間がぎゅっと詰まっている。

「高校時代の写真をまとめた写真集で、大学1年生の夏くらいから編集者の方と打ち合わせをしていました。デザイナーはこの人がいいとか、いろいろセッティングしてくださって。上がってきたデザインを初めて見た時は衝撃的でした。『私の写真をこういうふうに使うんだ』とか『文字を置くとこんなにも印象が変わるんだ』と、これまでにない体験で今でも鮮明に覚えています。もともと雑誌や広告が好きだったので、写真の上に文字が載ることは全く抵抗がありません。むしろデザイナーさんはこの10枚の写真からこの1枚を選ぶんだなとか、自分が意図しなかった見え方になって面白い。だから今でも仕上がったPDFを開けるのがすごく楽しみでワクワクします」

とにかく光のきれいな瞬間を無意識に探している

石田さんの写真には必ず光が存在する。眩しくて鮮烈な光だったり、やわらかく温かみのある光だったり。あえて追っているのか、それとも気がついたら追っていたのか。

「自分では好きなものをただ撮っていただけなんですが、人に写真を見てもらうようになって、初めて気づきました。写真展や写真集を出したことで、いろいろな方に写真を見てもらえる機会が増え、『石田さんは光が好きなんだね』って言われたんです。それで『あ、私は光を撮ってたんだな』って気がつきました。とにかく光が目につく瞬間を無意識に探しています。光って、季節・時間・天候によっても表情が変わるんです。形や色や透き通り具合とか。私は特に冬の朝の光が好きです。夕日は空気にいろんなものが混ざってるのですが、朝の光は色がついてなくて澄んでいて、好きですね」

石田さんの作風でずっと変わらないものがもうひとつある。

「撮っているものは光や水、あとは人。そう考えると学生の頃から変わらないですね。中高一貫の女子校に通っていたので、6年間クラス替えがなかったんです。だからクラスメイトとは、すごく密な関係で。カメラを向けてもみんな意識せず、気にもしない。そんな原体験があるから、今も撮られている人がカメラを意識しない関係が理想です。大人数は得意ではないし、知らない人としゃべるのも苦手。だから人見知り気質ではあるのですが、初対面でも1対1や2、3人くらいならそんなにストレスは感じません。最近気づいたのですが、たぶん“人”に興味があるんだと思います。ひとりでよく外食をするのですが、そういう時は周りの方の会話をついつい聞いてしまいます。人間観察というか。だから役者の方との仕事はそういう楽しみがありますね。役者の方ってプライベートがわからないぶん、実際に会ってみたらこういう人なんだって発見があったり。しゃべり方や言葉選びから、育ってきた環境を想像してみたり。意外な一面が見られると、うれしかったりします」

作風が変わらないというのは、クリエイターとしてはある意味での覚悟が必要だが、石田さん自身の信念は変わらない。

「最初の頃、作風はとくに自覚していませんでした。意識するようになったのは、やっぱり仕事がきっかけです。自分の好きなものだけを撮っていられる環境ではなくなったからこそ、たぶん変わることが怖かった……というか『変わったね』って言われるのが怖かったんです。ブレてるって思われたらどうしようって。でも、やっぱり好きなものが変わらなかったからこそ、そのままでいようって思えたんだと思います」

石田さんは26歳という年齢にしては落ち着いた雰囲気が印象的だ。物腰がやわらかく、言葉を丁寧に選び、会話をしていると安心感すら感じてしまう。

「常に冷静でいたいとは思っていますし、そういう人に憧れています。自分のことを俯瞰することは大切ですね。できているかはわかりませんが、意識しています。撮影現場でも、いつもうまくいくわけではありません。何か違う、どうしよう。何かが足りないってときもあるじゃないですか。被写体の方は、多くの撮影を経験されてますし、いろんなカメラマンの方とお仕事もされてるので、私が焦っていれば簡単に伝わってしまう。だから冷静に、淡々としていることを心がけています。性格的に落ち着いてるともよく言われます。年齢を重ねたことも大きいとは思うのですが、仕事柄もあるかもしれないですね。被写体の方に対しての言葉選びとか、しゃべるペースは意識しているので。撮影の時は相手の方も敏感になっていると思いますし、そういう気遣いがうまく作用しているのかもしれません。プライベートの時は別ですが……」

後編はこちらから


Text: NAOMI TANAKA

こちらの情報は『CYAN ISSUE 40 S/S 2024』に掲載された内容を再編集したものです。